このブログは昭和の大相撲と、個性的だった昭和の力士を
多く取り上げることをテーマにしてきましたので、今の大相撲を
基本的には、客観的に批評しようと見ていました。

しかし、さすがに魁皇の引退に関して書いていると、正直言って
いい歳して、泣いていました。とうとう来るべき時が来てしまった
のかと・・・。

少し恥ずかしく感じるのは、福岡在住の私にとっては、やはり
魁皇は九州場所まで頑張るのではないかと、密かに思っていた
ということです。

考えてみれば、相撲に対して、そして同様に自らの進退に対しても
自然体であった魁皇が、九州場所で引退などというドラマチックな
ことを意識していたはずもありません。

魁皇は、最後まで魁皇らしかったということです。

もう一つ、先日の記事で魁皇の立合いについて書きました。
誤解の無いように書いておきますが、魁皇の立合いに下半身の
衰えを感じたのは、序盤の一番だけです。

最後の一番となった相撲でも、魁皇らしい立合いは見せていました。
最後まで、きちんと修正しようとしていたと感じます。魁皇は最後
まで、魁皇でした。

そして話し変わって琴奨菊、同じく福岡出身です。
書きたいことは勿論ありますし、琴奨菊の特集記事は本当に
もう3年近く書いていないことに、自分でも驚いています。

次回書きますが、金土日と忙しいので、場所が終ってかな・・・。
そのときは大関昇進の結果も当然分かっておりますが、さて・・・。

しかし大相撲名古屋場所は魁皇・琴奨菊以外でも、幕内の高安
十両の隆の山、幕下の旭秀鵬と、以前から楽しみにしていた力士が
いよいよ揃ってきました。

昔流行ったコピーを思い出します。 “お楽しみはこれからだ!”


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魁皇が引退しました。
魁皇の通算勝利記録に関しての記事を、引退の記事とともに
書くことになるとは、思いもしませんでした。

確かに状態が相当に悪いことは、見て取れていました。
魁皇の最も素晴らしいところは、あの巨体で重心を常に低く、
腰を割って相撲を取るところでした。

だからこそ、投げに頼らなくても、見事な寄りと押しで長く大関を
張ることが出来たのです。

今場所アレッと感じたのは、立合いに腰が割れず、まるで自分の
意思に反して両手が仕切り線に触れ、その瞬間、魁皇の下半身が
若干浮いた場面でした。

立合いに、頭の位置よりも尻の位置の方が高い魁皇というのを
初めて見た気がしました。芸術的な立合いと言われた、名大関
清国の立合いに最も似ていたのが魁皇だったと思います。

しかしそのときも、「魁皇のことだから、もう一度復活を目指す
だろう」という意識で見ていました・・・。

そして魁皇は、平成23年7月19日、大相撲名古屋場所10日目と
いう、何の変哲も無い日に引退を発表しました。

常に淡々と、そして正直な言動を貫き通してきた魁皇らしい、
フッと消えるような、突然の引退でした。


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まぐまぐで「天下泰平記」を配信し始めて5年目に入りました。
今回、プレイバック天下泰平記というカテゴリーを加えて、
ちょっと前の話題を振り返ってみようと思います。

第一弾は平成19年8月28日配信の、相撲コラム天下泰平記
「魁皇、35歳の秋」を取り上げます。

この時、魁皇は年6場所制以降の大関最年長記録を更新し、
それは魁皇にとって大きな勲章となった、という感じで書いて
います。あれから4年近く経って、気が付けば大正から昭和に
かけて、「相撲の神様」と謳われた大ノ里の38歳での大関
在位の記録まで抜いてしまいました。80年も前の記録を。

通算勝利にも触れていますが、これを書いている時は、
まさか通算勝利の記録更新までは、正直期待してしなかった
ように思います。文章にも、その感じが垣間見えます。

大相撲の記録達成の場合、粛々と大相撲史に刻まれるのが
常ですが、今回の魁皇の通算勝利記録更新の時にはプロ野球
のように、館内アナウンスと二字口での花束贈呈など、やって
みたらどうかな、などと考えております。

何かが変わっても良いかな、という気がしています。


それでは以下、平成19年8月28日配信の「魁皇、35歳の秋」
です。少し長いので抜粋しています。

35歳までは相撲を取りたいと常々語っていた魁皇、秋場所ついに
35歳の土俵に上がります。年6場所制以降、35歳で大関として
土俵に上がる力士は魁皇が初めてです。昭和37年、大関琴ヶ濱が
その最終場所を35歳で迎えましたが全休し、結局出場することは
出来ませんでした。

通算勝利で大鵬を抜いて第4位、上には千代の富士と北の湖、
40歳まで現役を務めた大潮の3人です。幕内勝利もあと2勝で
武蔵丸を抜いて第4位、上位3人は千代の富士・北の湖・大鵬の
大横綱となれば、史上最強大関と呼ばれるのも納得です。

二子山部屋、武蔵川部屋が隆盛の中、友綱部屋の魁皇は常に
上位陣全員と対戦が組まれ、前述の5人以外でも武双山・琴錦・
安芸乃島・貴闘力といった実力者、さらには栃東・千代大海・出島・
雅山の若手の追撃も受けることとなりました。

関脇時代の魁皇で特筆すべきは、平成7年秋場所から平成8年
九州場所までの8場所で、合計80勝を記録していることです。
貴乃花がもっとも充実していた期間と重なります。
(この期間、貴乃花は優勝6回と優勝決定戦2回です)

ちなみに大関昇進直前6場所の成績を見てみると、年6場所制以降
大関に昇進した50人の力士のうち、60勝を超えて大関に昇進した
のは21人、やっと4割に届いたというところです。さらにその6場所
を関脇で通した力士は唯一人、昭和45年に大関に昇進した大麒麟、
後に審判部で大関昇進に対し厳しい見解を示すことが多かった先代
の押尾川親方です。

魁皇が大関になるのは平成12年秋場所、28歳になっていました。
8場所80勝を記録してから5年近くの時間を要したわけです。関脇
時代にかなりのエネルギーを費やし、それが横綱挑戦のタイミング
を逃した一因になったともいえるでしょう。

いまだ若手の壁として奮闘する魁皇。
1場所でも長く、その勇姿を見せて欲しいものです。


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魁皇が808勝目を上げ、幕内最多勝利記録を更新しました。
双葉山の連勝・大鵬の優勝回数・千代の富士の通算勝利に並ぶ
偉大な記録です。見事の一言です。

2年近く前の“魁皇の相撲と衣笠祥雄?”の記事のように
「天下泰平記」も含めて何度か、上手投げにこだわらない相撲
を懸命に取っている魁皇について書いてきました。

右四つでは相撲が取れないと言われながらも、実に前さばきが
巧く、左四つに持っていく魁皇。

右のおっつけで圧力を掛ける正攻法、そして右上手に手が掛かれば
浅い良い位置を引いての寄り身。

以前の記事で書いた山田久志のシンカーや衣笠祥雄の流し打ちの
ように、魁皇も今、怪力上手投げから見事変貌を遂げました。

押しの相撲を前面に出し始めた頃、魁皇は度々押しから引き技に
転じての勝利を上げ、その度に土俵上で落胆の表情を浮かべていま
したが、この一年は堂々とした相撲が多くなっています。

ベテランの域に達しての魁皇の相撲が完成したと言うべきでしょう。
それを可能にしているのは前述の、前さばきの巧さと低い位置での
おっつけ、そして浅い上手。

それが出来るのは、今でも充分に腰が割れているからこそです。
足の故障がありながら、若手力士相手の四つ身でも魁皇の方が腰の
位置が低い場面をしばしば見ます。

本当に、地道な四股を続けているからでしょう。その積み重ねが
808個の白星となりました。

先ほど往年のプロ野球の名選手を例に上げましたが、勝負どころを
抑えたとか、大事な場面で打ったと、野球ならば一場面で「さすがは
ベテラン」と評価されることもあります。

しかし15日間の土俵を努めるという大相撲の世界で、若い力士たち
と同じ条件下で結果を残しているのが魁皇です。

幕内在位100場所、通算勝利1000勝など、まだまだ期待はあり
ますが、いつも淡々とした魁皇には記録など実は無縁で、今日も淡々と
四股を踏んでいることでしょう。


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先日、魁皇と同じ筑豊地区で柔道をしていた方と、話をする機会が
ありました。坂口憲二のお父さんで柔道日本一にもなった坂口征二と
同学年で、高校時代は坂口に勝って全国2位になった人です。
(坂口も福岡県久留米市出身)

その後、筑豊で高校の教師をしていたそうですが、やはり中学時代の
魁皇は有名で、各高校の柔道部がかなり誘っていたそうですが、角界
入りしたということでした。

2日目の大相撲中継で、魁皇のインタビューがあってましたが、
相変わらず魁皇の人柄がうかがえる感じがします。

魁皇の人柄という点で思い起こすのは、何年前か忘れましたが玉乃島
との一番です。

魁皇の小手投げで左ヒジを負傷した玉乃島、三役の常連から下位に落ち
やがて左ヒジも少し回復し、再び上位と対戦できる地位まで上がってきて
からの魁皇との対戦。

相撲は玉乃島が得意の左を差して積極的に攻めましたが、土俵際で
魁皇は右から極めて大きく振り逆転。苦痛の表情で土俵下に落ちる
玉乃島。

勝負が決まった瞬間、魁皇はしかめっ面をして口を大きく開けました。
それは「ア〜〜〜」と叫んでいるようでした。(実際に声が出たかは不明)

「ア〜〜〜、またヤッチャッタ」という叫びだったのでしょう。
魁皇の人柄が出ていました。

さて魁皇の800勝が目前です。高田川親方の「横綱になるべき人が
大関で留まっているから出来た記録」なんて、ヤボってもの。本当でも。


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