リンク


*タイヘイ紙相撲*

⇒紙相撲ダウンロード

⇒土俵のダウンロード
作者タイヘイ (私です)

サイト内検索

mobile

qrcode
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM

ブログ著者

others

ブログのアドレスが変わります

0

    JUGEMテーマ:スポーツ

     

    本ブログも今年で10年。

     

    ブログのアドレスが http://sumomania.jugem.jp になります。今までは独自ドメインのアドレスがメインでしたが、これからは上記のアドレスのみです。よろしくお願いします。

     

    10年前というと、白鵬が横綱に昇進した年。朝青龍全盛時代に、ほぼ同時期に入幕した白鵬・琴欧洲・日馬富士・稀勢の里。朝青龍への挑戦という形で成長し、当初は大関争いで先陣を切った琴欧洲が白鵬のライバルとなり、やがて白鵬と日馬富士が東西の横綱となり、そして今、稀勢の里が新たに並び立つことになりました。

     

    また新たな10年が始まるという感じです。


    今場所は見応えのある相撲が多いですね

    0

      初場所も残り3日。

      力士の重量化によって面白い相撲が見られない、最近のファンは可哀相という記事を書いたのが去年の9月でした。

       

      今場所は違いますね。

      まずは荒鷲、曲者という感じです。朝青龍・白鵬の並立時代から、度々「横綱に対しての相撲が正直すぎる」「曲者がもっと出てきてほしい」と書いてきましたが、荒鷲は良いですねぇ。

       

      それから玉鷲、突き押しに磨きが掛かりました。時間は掛かりましたが、それだけ突っ張りは難しい技術だということが分かります。碧山が優しい顔立ちなのに拍手が少ないのは、突っ張りの指が相手の目に入ることがあったからでは、などと思ったりします。

       

      突っ張りは御嶽海も良いですねぇ。

       

      初日の大相撲中継で今年期待の若手に上げられていた遠藤と正代、地力はまだまだのようです。しかし遠藤の右前廻しと正代の両差し、型が出来ています。大関候補うんぬんは別にして、型のある力士の相撲には攻防が生まれます。

       

      貴ノ岩・蒼国来も型を持って、星も上げています。横綱・大関戦が見たい力士です。そして、型を持ってないのに強い高安。

       

      幕下の石橋・貴源治も楽しみです。これで、吊りや打棄りを見せるソップの力士が出てくれば・・・は少し欲張り過ぎでしょう。

       

       

       

       


      力士の体重増加、面白い相撲が見られない最近の大相撲ファンは可哀相です

      0

        力士の体重増加の話題がしばしばの昨今、現在の幕内平均体重は164,3kgとのこと。40年前の昭和51年は129,2kg、35kg以上の増加ということになります。

         

        さて、この昭和51年ですが、すでに時代の転換期でした。前回の記事で吊り出し名人に挙げた明武谷・若浪は昭和40年代に土俵を去っていました。

         

        昭和51年には、ちょうど平均体重ぐらいだった名関脇の長谷川が引退しています。同じく業師の陸奥嵐・二子岳・金剛も引退、初代栃東は昭和52年初場所が最後です。彼らは身長180兪宛紊如体重は110kg台でした。動きやすい体型の、昭和40年代を代表する力士たちでした。

         

        昭和51年は、春場所に旭国・鷲羽山・北瀬海による“小兵旋風”が吹き荒れた年でもあります。この3力士は確かに平均体重を軽くしていたでしょうが、身長も175儖焚爾任靴拭初代貴ノ花が大関にいて、2代目増位山も活躍、千代の富士は前年の昭和50年の新入幕でしたが、彼らも“軽量力士”という特別な存在でした。

         

        小兵でも軽量でもなく、普通の一般的な力士の体型が変わっていった、それが昭和51年頃でした。

         

        良いか悪いかの話はしませんが、とにかく相撲が面白く、派手な決まり手が多かった時代、それが昭和40年代から50年代初頭だったわけです。(私の記憶にない栃若時代も派手だったと思われますが)

         

        そんな面白い相撲をなかなか見られない、最近大相撲を見るようになったファンは可哀相だと、体重の話で感じた次第です。

         

         

         

         


        吊り出しは若浪・明武谷・玉の海*どちらもキレイな吊り出しです

        0
          栃ノ心の技能賞は吊り出しを評価されたようですね。良いことです。吊り出しの応酬は、大相撲で最も見応えのある攻防の一つです。さらに磨きをかけてほしいし、栃ノ心以外の力士にも使い手が現れてほしいと思います。

          吊り出しの応酬といえば、若浪と明武谷




          腰で吊る、芸術的な吊り出しは玉の海。
          吊っている相手は、これも吊りの名手であった先代佐渡ヶ嶽の琴桜。




          やっぱり、吊り出しは良いなぁ・・・

           

          声で相手を威嚇していた力士の立合い

          0
            天下泰平記を配信しました。やはり今場所は稀勢の里に注目という内容です。

            琴勇輝の「ホウ」についても書いております。その中で、かつて声で相手を威嚇した力士、昭和初期の名大関清水川にも触れています。

            その清水川の立合いは




            迫力の面構えです。
             

            久しぶりに「天下泰平記」を配信しました

            0
              大相撲メールマガジン「天下泰平記」を久しぶりに配信しました。これからは、月刊で配信する予定です。記事は右隣りのリンクにて・・・宜しかったら、クリックしてください。

              あっという間に、一年納めの九州場所です。優勝争いが盛り上がることを楽しみに・・・。



               

              背負われる太刀山

              0
                白鵬が新横綱として登場した2007年の7月に始めた当ブログですが、次の世代を担う力士たちも現れ、土俵も世代間闘争の様相となってきました。昭和の大相撲を語ることを趣旨として始めたこのブログ、最近は昭和ネタも書かなくなっておりましたが、そろそろ原点に戻らねばと思っているところです。

                というわけですが、下の写真は昭和のもうちょっと前の大正の大横綱太刀山です。幻の100連勝、ひと月半の太刀山です。




                背負われているのは太刀山ですが、背負っている少年は昭和の大横綱です。さて、誰でしょう。
                 

                嘉風が関所の門番になるか、逸ノ城が関所を抜けるのかの10日目☆まわり道は尾車親方

                0
                  今場所は見る機会が少ないのですが、嘉風の活躍が目立っております。以前「曲者と呼ばれる力士が少なくなった」と書いたことがありましたが、嘉風と豪風は曲者と呼べる力士ですね。

                  10日目は逸ノ城との一番です。曲者力士とともに「関所の門番」的力士も昨今皆無でした。ここは嘉風に門番役もやってもらって、相撲の厳しさを若手有望株に見せつけてほしいものです。

                  昨日は師匠の尾車親方が解説でしたが、本当にお元気になられて良かったです。名曲「まわり道」を、聞きたくなりました。

                  稀勢の里は豪栄道に裏返しにされましたが、ナス紺の廻しは結構似合ってますね。落ち着いて見えます。相撲内容や、特に立合いが落ち着けば、ナス紺もさらにしっくりとして、上が見えてくるかも・・・です。

                  文章の変なところ、コメントいただきました&時代で変わるものと変わってはいけないもの

                  0
                    先日の「豪栄道、最高の相撲で千秋楽〜」の記事にて、玉の海と大鵬のくだりで「玉の海は上手方の足を前に出していることです」の文章は、「下手が上手になっています」とコメントをいただきました。ありがとうございました。

                    たぶん「玉の海は大鵬の上手方の足を前に出して・・・」という意味で書いたつもりだったのでしょうが、雑な書き方で変な文章になってしまい、なおかつ逆の意味になっていました。以後、気を付けます。

                    差し手側の足を前に出す四つ身は、半身で守備的体勢を取るとき以外は見ることが少なくなりましたね。前回、張り手の批判に対する批判の記事を書きましたが、実際のところは張り手で墓穴を掘る場面も、これもまた少なくなりました。今の重量級時代には、張り手の効果は高く、リスクは低いということでしょう。

                    昭和40年代の力士の記事を中心に始めたこのブログですが、やはり時の流れとともに相撲も変化していると切実に感じます。

                    「張り手の批判に対する批判」とともに「引き技への批判の批判」もしておりますが、これもまた改めて、時の流れも含めて記事にしたいと思います。

                    さらに「両手をきちんと付かない立合いへの批判に対する批判」もしておりますが、これは時の流れは抜きにして書かなければと思っております。双葉山時代の両手を付く立合いと、今の土俵における両手を付いた立合いは、まったくの別物だということを記したいと思います。

                    これをきちんと認識しないと、大相撲自体も別物になってしまいますから・・・



                     

                    大相撲春場所決算号は張り手について&貴ノ岩etc.

                    0
                      メールマガジン「天下泰平記」を配信しました。記事は⇒こちら

                      大相撲春場所決算号としてますが、鶴竜と豪栄道はブログで書きましたので、内容の方は場所中に気になった「各上の力士による張り手に対する批判」への批判を中心となっています。

                      それにしても「張り手をした方が得だ」「各上の力士に対しては、したくても出来ない」と思っている大相撲ファンがいるとしたら不思議です。一部のネット上のことだとは思いますが・・・

                      しかし一つ、気づいたこともあります。

                      以前ほど、張り手をしたために墓穴を掘る力士がいなくなったのも事実です。考えてみると、張り手で生じた隙をついて反撃するには、当然スピードが必要です。現在の重量級・パワー相撲においては、張り手のリスクが減ってきているのかも、とも感じます。

                      春場所で目立った場面は、松鳳山の張り手に乗じて左を差し込んだ遠藤のスピード豊かな相撲でした。あれが本来の「張り手で墓穴を掘る」ということですが・・・

                      ところで春場所一発目のブログで、豪栄道とともに期待する力士に挙げた貴ノ岩。敢闘賞に値する相撲内容だったと思っています。

                      大相撲:平成25年を振り返り、そして平成26年への期待は

                      0

                        あけましておめでとうございます。


                        平成25年の大相撲を振り返るに、必ずしも良い年とは言えませんでした。

                         

                        まずは、把瑠都の引退です。ヒザのケガをした力士が早期に引退した例は、過去も何度もありましたが、把瑠都の場合はあの筋肉質の立派な体が持ちこたえるのではという期待を持っておりましたが・・・

                         

                        これは何度も書いてきたことですが、ぶつかり稽古は十分だったのか、負け方の稽古、つまりは負けるときにケガをしないための稽古が十分であったのかが気になります。把瑠都のケガは確か、倒れるときにヒザが抜けきれなかったためだったと記憶しています。

                         

                        私の手元にある古い大相撲雑誌に、横綱北の富士が高見山に胸を出している写真があります。巨漢の把瑠都に胸を出す力士は少なかったでしょうし、把瑠都が出稽古に行っていたかも定かではありませんが、やはり、ぶつかり稽古は不足していたと推測されます。

                         

                        ぶつかり稽古は、いわば受け身の稽古です。同じ受け身でも、柔道は畳の上、受け身を身上とするプロレスもマットの上。確かに、土俵は固いです。半端ではない固さです。痛いと思います。最近の力士が嫌がるのも分かります。ぶつかり稽古がイジメと思われるようなマスコミの扱いもありました。

                         

                        把瑠都は愛嬌もあって、高見山のような存在になる可能性がありました。考えてみると高見山はヒザが固く、ケガをしやすい体質だったと記憶していますが、40歳を迎える1ヶ月まで相撲を取りました。やはり背中を砂まみれにしたぶつかり稽古があったからこそで、胸を出した北の富士がいたからこそであったと思います。

                         

                        琴欧洲も大関陥落、琴奨菊もケガでカド番です。

                        琴欧洲もヒザのケガ、琴奨菊の場合は筋肉が目一杯に張っていて、それを見ていてケガへの不安をいつも感じていました。最近の力士の筋肉、特に上半身の筋肉の充実には、むしろケガへの危うさと脆さを心配しています。

                         

                        否応なく、新旧交代の節目となる年を迎えることになるでしょう。稀勢の里の綱取り、豪栄道の大関挑戦、遠藤・大砂嵐への期待等・・・。

                         

                        稀勢の里に関しては、相撲内容は確立されてきたと感じます。稀勢の里の特集記事は、もう7年近く前から書いております。今まで、色々と書きたい放題で書いてきましたが、肉体的・技術的には綱取りのレベルに到達したと思います。稀勢の里は、精神面の甘さを指摘されることが多い力士です。しかし私は、あくまでも相撲内容について注文を付けてきましたが、今回はいよいよ精神面の勝負になる、その域まで相撲内容は出来上がってきたとの印象です。今年は、優勝・綱取りが現実のものになるでしょう。

                         

                        そして遠藤・・・。体重にだけは気を使ってほしい、まずはそれが一番です。



                        にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。



                         

                        万歳コールと軍配が返っても止まない松鳳山コールは大相撲を変質させる危険性を感じます

                        0
                          今さらながら、白鵬ー稀勢の里戦の「万歳コール」についてですが、この一番、携帯電話のテレビをマナーモードにして観戦していましたので、「万歳コール」そのものは聞いておりませんでしたが。

                          まぁ、そもそも大相撲の会場で「万歳」が起こるのも「コール」が起こるのも違和感は大きいのですが・・・。大相撲の大相撲らしさというか、本質に近いものが「万歳コール」というものを拒絶していると思います。

                          まったく同じ意味合いとして「松鳳山コール」もありました。私自身も福岡の人間ですから、もちろん松鳳山は応援しています。しかし・・・。

                          仕切りの間でのコールは良しとして、時間一杯になって軍配が返ってもコールは止みませんでした。この違和感も凄かった・・・。

                          かつて「魁皇コール」がありました。九州場所に限らず、それは起こっていました。しかし時間一杯になって軍配が返れば、さーっと潮を引いたように静かになり「さすがは大相撲ファン」と感じたものです。

                          今回九州場所だから、こういう事態が起こったのでしょうか。もしそうなら、福岡の人間として、やはり両国の大相撲ファンよりも九州の大相撲ファンは成熟していないと言わざるを得ません。

                          私も日本人力士の優勝や横綱昇進は望んでいます。でも「万歳コール」は違うと思います。

                          「万歳コール」と軍配が返っても止まない「力士へのコール」、これは大相撲を変質させてしまう危険性を孕んでおります。


                          にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。







                           

                          力道山のカラーフィルムは大相撲版世界遺産でした

                          0
                            大相撲秋場所7日目、今日は力道山が残したカラーフィルムが大相撲中継で紹介されました。

                            北の富士さんも話していましたが、カラーの鮮明な画像で見ると、当時の力士の体・その筋肉の素晴らしさを確認出来ました。

                            最近の相撲のスピード不足に何度か触れておりますが、改めて実感しました。やはり当時の力士の動きは速いです。

                            そして弓取り式。実は幼少時、最も凄いと記憶に残っていたのが弓取り式だったのですが、たまに弓取り式を見ても感動しない・・・感性が鈍ったのかなと思っていましたが。

                            あの時代の弓取り式、今日見ても感動しました。

                            力士の体重が、当然ですが話題に上っていました。しかし、あの時代でも「肥れ、肥れ」と細い取的は言われていたはずです。

                            それでも、なかなか肥らなかった。それが、今は簡単に肥ってしまう。私は、力士の重量化を単純に批判するつもりではありません。北の富士さんも言ってましたが、幕下以下で100kgを超えていた力士は、ほとんどいなかったと。

                            体が出来上がる前に、肥ってしまうことに問題があると思います。自分で自分の体をコントロール出来る、その筋肉が本当の筋肉で、それが出来上がっていないと感じます。自分の体をコントロールする筋肉は、四股を初めとする自分の体を使った稽古で創り上げられるものでしょう。

                            5年ほど前の天下泰平記で、「筋肉は細い状態で鍛えて、初めて強くなる。脂肪が混じった筋肉は、いくら太くしても強くならない」という記事を書いたことがあります。

                            昔と違って、すぐ肥ってしまう・・・これは昭和40年代頃までの食生活と、それ以降の食生活の違いもあるでしょうね。子供の頃の食生活の違いが、昔と今の新弟子の肥り方の違いに出ているのかもしれません。

                            もちろん、稽古量の違いもあるかもしれませんが・・・。

                            とにかく、力道山のフィルムは貴重なものでした。大相撲版世界遺産です。ちなみに、私にもプロレスファンの時代がありました。力道山没後50年に、このフィルムを見れたことには、感慨深いものがあります。


                             

                            綱取り場所?の稀勢の里:しかし相撲は、まだ綱じゃない

                            0
                              長らく、お休みしておりました。お久しぶりでございます。

                              さて、名古屋場所は稀勢の里の綱取り場所でよろしいのでしょうか?私は以前から書いているように、数字や成績だけで横綱大関の昇進を決めるのは大反対ですので、綱取り場所と認識しております。

                              例えば時代の端境期、1横綱2大関で33勝上げるのと、円熟力士が揃った3横綱4大関の時代に33勝を上げるのは、単純に後者の方が困難です。しかし実際は前者の方が昇進条件は甘くなるでしょう。本当なら後者の33勝の方が価値があるわけです。つまり、何事も不公平なケースはあるわけです。

                              今場所は綱取り場所で良いじゃないですか。2場所連続優勝は、改めて言うまでもなく双羽黒の件からですが、もう、そろそろ良いんじゃないでしょうか。

                              この横綱昇進条件や大関昇進条件と立合いの手付きについては、ほぼ同時期に出来たものです。全部、私が反対しているものばかりで、それは栃若が理事長時代に出来たものです。

                              このブログでも度々賞賛してきた名力士の栃若ですが、名力士でも間違うこともあるでしょう。誰にだって間違いはあります。昇進条件や立合いの阿吽の呼吸について、もう変わっても良い時期だと思います。

                              で、稀勢の里ですが、確かに夏場所は立合いが良くなっていました。しかし、それは以前と比べてということ。まだ駄目です。以前の、肩甲骨あたりにあった重心が、やっと腰のあたりにまで来たかなという感じです。股関節まで来ないと駄目です。そこまで来て、綱取り成就と願いたいものです。

                               

                              大鵬の静かなる闘志は大相撲のあるべき姿そのものでした

                              0
                                大相撲を支え続けた巨大な柱、というのがふさわしいと思います。
                                大横綱大鵬が亡くなりました。何か、大きな虚脱感があります。

                                戦後の経済の混乱の中、多くの日本の代表的な興行ものは苦境に立たされ、大相撲もまた例外ではありませんでした。栃錦と若乃花を中心とした熱戦、文字通り「大相撲」と呼べる相撲を積み重ね、大相撲はその人気を盛り返し、そして完全に確固としたものにしたのが、大鵬とそしてライバルの柏戸の柏鵬時代でした。

                                高度経済成長期を象徴するスターをあげよ言われれば、間違いなく大鵬と長嶋茂雄・王貞治の3人をあげるのが正しい答えです。日本がもっとも活気に満ちたこの時代、サッカーの釜本・プロレスのG.馬場・ボクシングはF.原田、キックの沢村忠、女子ボーリングの中山律子。多くの大スターの、やはりその中心にいたのは大鵬とONでした。

                                今ほどマスコミが発達せず、スターが身近ではなかった時代。大鵬とONは大スター中の大スター、まさに “神々がいた時代” と呼ぶべき時代でした。

                                部屋別総当たりの門出となった玉乃島(後の玉の海)戦。土俵際でのまさかの一回転、“牛若丸” 藤ノ川との物言いの一番。45連勝でストップした「世紀の大誤審」、戸田戦。“プリンス” 貴ノ花との大熱戦。そして佐田の山や栃ノ海、北葉山の感動的優勝の場面、柏戸のケガからの復活優勝もそうでした。多くの印象的な一番や名場面には、必ず大鵬がいました。

                                常に冷静沈着、負けない相撲はコンピュータ相撲とも呼ばれました。相撲の柔らかさは今の白鵬に近く、白鵬のお尻のあたりをさらに大きくして腰が重かったのが大鵬でした。「大鵬負けろ」との声がよく飛びましたが、同じように言われた北の湖はそのふてぶてしい面構えでの悪役人気、対して大鵬へのそれは完璧な相撲振りへの畏怖の念が含まれていました。

                                上手投げとすくい投げが十八番でしたが、自分より小さな相手を、本当に土俵に「置く」ような静かな投げ技でした。しかし、前述した藤ノ川との物言いは、大鵬自らが行司の軍配に「藤ノ川の足が出たじゃないか」とのクレームで物言いとなったものでした。横綱同時昇進した北の富士と玉の海を、昇進場所から2場所連続で北玉ともに連破し、大横綱の意地を見せました。

                                それほどの勝負への執念を持ちながら、世紀の大誤審で連勝記録が途絶えたことに対する不満など、どこからも漏れ伝わることもなく、勝負への潔さも見事でした。32度目の優勝は本割・決定戦で玉の海を破ってのものでしたが、水入りのまさに “大相撲”。そして勝負が決まった後の、大鵬の静かな、満ちた潮が引いていくような表情が印象に残っています。玉の海の「なんのこれしき」の名言が生まれた相撲でもありました。

                                冷静沈着と見えながら、当然のことながら凄まじい闘志を秘めていたからこその、32回の優勝とそれを支えた猛稽古。大相撲の、力士が見せるべき闘志は、見てくれのパフォーマンスや相手を威嚇するような表情や動作ではなく、正々堂々の作法と所作の中からにじみ出すべきものだとするならば、大鵬はまさに力士のあるべき闘志の現わし方を体現した、本当の大横綱でした。

                                たくさんの、土俵での「大相撲」の記憶を残してもらったことに、今はただ感謝の気持ちを、このブログで伝えたいと思います。


                                にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。


                                 

                                マツコ&有吉で感じたことと突貫小僧の定年

                                0
                                  大相撲初場所も序盤戦が終わりましたが、今さらで恐縮ながら、お正月番組で大相撲が取り上げられました。

                                  マツコ&有吉の怒り新党で栃赤城の3大名勝負。番組の中では若干マイナーな力士という感じで受け取られていましたが、このブログ「大相撲あの力士この技」のカテゴリーで唯一登場する昭和50年代の力士であります。

                                  マツコ、有吉ともにその逆転技に「面白い」を連発していましたが、若浪や藤ノ川の相撲などなら、もっと強烈なリアクションだろうな、と思いながら見ておりました。昭和40年代は、あまり保存されていないみたいですし・・・。

                                  私は栃若時代には間に合いませんでしたが、DVD等で見たりすると、やっぱり昭和30年代も面白いですね。その根底には、まだまだ高度経済成長前夜、大相撲もどうなるか分からない、とにかくお客さんを喜ばす熱戦を見せようという想いを感じます。

                                  ところで、中村親方が今場所で定年を迎えますね。「突貫小僧」富士櫻は、突っ張りの回転と攻守切替の動きが、抜群に速い力士でした。鷲羽山や麒麟児との相撲が、目に焼き付いています。昭和46年秋場所が新入幕ですね。横綱玉の海、最後の場所であります。

                                  北玉時代を知る、最後の力士の定年です。

                                  では初場所、熱戦に期待しましょう。


                                  にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。




                                   

                                  大相撲、平成24年を振り返った天下泰平記です

                                  0
                                    大相撲、平成24年を振り返るというテーマでメールマガジン「天下泰平記」を配信いたしました。

                                    相撲コラム「天下泰平記」平成24年を振り返ります。

                                    平成24年は、稀勢の里・鶴竜の大関昇進で6大関時代、横綱挑戦の期待もあった把瑠都の大関陥落、成績にムラが見え始めた日馬富士が綱取り成就と様々な、そして意外な話題もあった一年でした。

                                    一年を通して見ると、やはり日馬富士の活躍ですね。
                                    何より相撲内容、特に白鵬との数々の取組は出色の相撲でした。2場所連続全勝優勝よりも、激しい攻防の「大相撲」を見せてくれたことが印象に残る日馬富士でした。

                                    そして白鵬。相撲自体は混迷というべきか、試行錯誤というべきか、色々な立合いを見せ(それが失敗するわけではないが)また速攻相撲が多く、全盛期の横綱相撲のイメージから少し離れた印象です。日馬富士や大関陣との力の差が、彼らが年齢的にも全盛期となりつつあって、縮まってきているのは確かだと思われます。

                                    その大関陣に目を向けると・・・。
                                    期待が最も大きい稀勢の里、力は付けてきているのは確かなのに、雑な相撲も今年後半は目立ちました。左おっつけからの離れた相撲が多く、皮肉にも左おっつけの強烈さゆえからか、左四つの型の完成が遅れてしまっていると感じます。バタバタした相撲では、下位には勝てても優勝争いに加わるまでには至っていない平成24年でした。

                                    鶴竜は、相撲の巧さとスケールの大きさを見せながらも、勝負弱さが随所に見られました。冷静な自己分析が今までの鶴竜の個性と思っていましたが、現在は角界の看板力士である大関、もう一つ弾けた相撲を取って欲しいものです。日馬富士とともに、(昭和的な)大相撲の醍醐味を味あわせてくれる力士であることには間違いありません。

                                    琴奨菊は、相撲自体は実は変わっていません。右で抱えて、強引に出ていく相撲は、関脇時代は豪快で積極的と見られていたのですが、大関となって強引な相撲で星を落とすとマスコミ等から叩かれるわけです。やはり、勢いというか精神面で成績が左右される部分が大きいですね。日馬富士・稀勢の里には大きく勝ち越し、鶴竜にも勝ち越しているだけに、実質的には大関陣の第一人者のはず。右で抱えても、下半身が盤石なら問題ないと思いますが。

                                    琴欧洲は・・・、年が明けて2月には30歳ですね。相撲内容は相変わらず。ベテランの域に達し、かつて魁皇が怪力右上手から、おっつけを生かした技巧を見せてマイナーチェンジしたような、何かの変化を見たいものです。

                                    把瑠都に関しては、これはもう復活しないといけない力士です。中途半端な状態での出場は決してしないよう。把瑠都と横綱・大関陣の相撲はほとんどが熱戦になっていました。必ず、また見せてもらわないと困ります。

                                    そして豪栄道、いよいよ本領発揮の一歩手前まで来たとの感があります。もっと自信を持って、がっちりと廻しを引き付けての相撲を取れれば、大関は視野に入るでしょう。立合いの当たりが大事なのは当然、その後の二の矢がまだまだ。白鵬に対しても、日馬富士に対しても、豪栄道の強さを発揮した相撲は出ていません。バタバタしなくても、充分に勝てる要素があると、自覚して平成25年は臨んで欲しいと思います。

                                    さて、関脇以下の力士について色々と書きたいところですが、現実に目を向けると厳しいものがあります。朝青龍の全盛期には、今の横綱・大関陣は既にほとんどが入幕を果たしていました。琴欧洲がまず30代となる来年、将来の横綱・大関候補を考えると危機感を覚えます。

                                    かつて、千代の富士も隆の里も突然強くなりました。もちろん突然とは言っても予感はありましたが・・・。

                                    そんな強烈な若手力士の出現を、そろそろ見たい平成25年でございます。

                                    では、良いお年を・・・。

                                    リンクの調子が変なので、そのまま転載しました。



                                    にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。


                                     

                                    大相撲夏場所決算号、テーマは旭天鵬の根気です

                                    0
                                      天下泰平記、大相撲夏場所決算号を配信しました。
                                      記事は
                                      ⇒こちら 

                                      旭天鵬の優勝には、さすがに驚きました。
                                      旭天鵬の優勝に絡んで、「根気」をテーマにしました。

                                      結局、稀勢の里中心の記事になってしまいました。

                                      夏場所、最も光っていたのは松鳳山でしたね。
                                      松鳳山のような相撲が増えれば、大相撲人気の復活も間近でしょう。力士らしい力士になりました。

                                      前半は東京開催場所にも関わらず、寂しい館内という日もありました。あっさりと前に落ちる相撲も、まだ目立っていた夏場所でした。

                                      ぶつかり稽古の、さらなる充実に期待します。


                                      にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。

                                      内容は稀勢の里と豪栄道で大相撲夏場所展望号を配信しました

                                      0
                                        大相撲メールマガジン天下泰平記、配信しました。
                                        記事はこちら 
                                        ⇒⇒ 

                                        内容は、稀勢の里と豪栄道に絞りました。

                                        夏場所に期待ですが・・・、さて・・・


                                        にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。

                                        把瑠都と日馬富士の変化をまたしても肯定します

                                        0
                                           大相撲初場所は12日目、注目の取組二番は立合いの変化で決まりました。

                                          立合いの変化をうんぬん言うと、低くて目一杯突っ込むだけの、安易な立合いが増えてしまう、と度々書いていますので、一言。

                                          まずは把瑠都ー稀勢の里。稀勢の里が立合いに先制攻撃を掛けられるかがポイントでした。

                                          今まで、突き放そうにも把瑠都に組み止められる状況の稀勢の里がとった作戦は、仕切り線から下がるというもの。

                                          なるほどと思いましたが、さて稀勢の里はその距離での稽古をどれだけ積んでいるのか・・・。特に稀勢の里は腰高な方だけに、踏み込んだ時のバランスは大丈夫か。

                                          と思っているところでの、把瑠都の変化。把瑠都もイヤだったのでしょうが、稀勢の里も慣れない事やったなと、そんなところですね。むしろ自然の流れの、変化だったかな・・・とも言えます。

                                          そして白鵬ー日馬富士。横綱に対してこそ、変化をしろとは、以前も書いたと思います。

                                          あの大鵬が土をつけられたのは、前田川や房錦に海乃山といった小兵力士です。彼等の思い切った取口に苦杯を舐めました。仕掛けたのが日馬富士なので納得です。

                                          朝青龍全盛あたりから、横綱への注文相撲は失礼?なのか分かりませんが、減りましたね。

                                          双葉山や大鵬のような、受け止めての相撲のタイプだったはずの白鵬が、仕切り線から下がっての速攻相撲に変わり、これは誰かが注文相撲を仕掛けるのが良いのじゃないか、って感じてました。

                                          それが、安易な土俵にならないため・・・でしょう。ということで、どちらの変化も肯定するというのが結論です。

                                          大相撲の醍醐味が無いではないか!とご立腹もあるでしょうが・・・こんな相撲が、何年かすると記憶に残る相撲になったりするんですよ。


                                          にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                           

                                          新年早々、大相撲ではなくバレーボールのお話。感動をきちんと伝えようと、心に決めた年の初めでございます。

                                          0
                                            明けまして、おめでとうございます。 
                                            って、今年2回目の更新ですが、改めて・・・。

                                            このブログは大相撲のブログですが、今日はバレーボールのことを書きます。

                                            先日何気なく検索していて、よくあるQ&Aにこんなものがありました。

                                            「ミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した男子バレーボール。ワンタッチをして正直に手を上げた南選手について」という質問。

                                            ベストアンサーは何と・・・。「南選手は補欠でした。バカ正直な選手は補欠で良かったです」といった内容でした。

                                            ミュンヘンの金メダルは、ブルガリア戦の奇跡的な(奇跡的という言葉では足りないような試合でした)勝利があったからです。

                                            当時、世界一のセッター猫田・世界の大砲、大古。世界一のセンター森田・ポパイ横田、という名前は有名です。

                                            しかしブルガリア戦の勝利の瞬間、コートに立っていた6人は、大古・横田・南・中村・嶋岡と、猫田だったと思いますが、猫田は途中ベンチに下がっていました。最年少の西本も含め、控え選手の働きでの勝利でした。

                                            当時、ベテランの南と中村は確かに控えの選手でした。それでも、監督だった松平康隆の談に「サーブレシーブが心配なのは森田・木村・深尾。絶対に崩れないのが南・中村・嶋岡」とあります。

                                            森田や木村がサーブレシーブを含め、如何に巧い選手だったかは、知ってる人は知ってるはず。

                                            それより、さらなる信頼を得ていたのが南でした。そしてブルガリア戦の神がかり的な大活躍。

                                            195センチの長身で、レシーブに絶対的信頼があり、33歳の年齢でスパイク・ブロックを面白いように決めました。そして、若手を奮い立たせたガッツポーズ。信じられない大逆転。

                                            少し前まで、全身に白い包帯を巻いていた選手だったのですから・・・。

                                            ブルガリア戦での南の凄さは、私の文章では表せないので、ここまで・・・。

                                            言いたいのは、40年の月日が経つと、眩いほどの記憶も、きちんと記しておかないと正確に伝わらないことがあるということを、南選手のQ&Aで改めて感じました。

                                            昭和の大相撲を伝えてきた、このブログですが、大相撲の歴史が少しでも間違って伝わらないように、きちんと記していこうと、肝に銘じた新年でございます。ということで、今年もヨロシク・・・です。


                                            にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                             

                                            大相撲、平成24年は〜さて・・・

                                            0
                                              平成24年になりました。
                                              大相撲メルマガ“天下泰平記”は平成24年の展望号で配信しました。⇒⇒こちら

                                              把瑠都・稀勢の里・琴奨菊の綱獲りの可能性について書いております。

                                              やはり千秋楽、優勝を賭けた大一番というのを見たいものです。東西に横綱が揃って・・・。

                                              初場所から、盛り上がった土俵となって欲しいですね。


                                              にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。

                                               

                                              栃乃若は、ちょっと双羽黒に似てますね

                                              0
                                                大相撲九州場所は3日目まで終わって、面白い展開になりそうな予感です。

                                                まずは大関獲りの稀勢の里、相撲に強さを感じます。強さとともに、精神的な落ち着きも。相撲にも現われていて、攻めに無駄がないですね。

                                                その稀勢の里以上に内容が良いのが、鶴竜と栃乃若。

                                                鶴竜は相撲そのもののスピードはもちろん、技から次の技へ、移るときのスピードが抜群です。鶴竜の相撲が出来上がりつつあります。

                                                栃乃若はスケールが大きいですね。まるで、双羽黒を見ているようです。体の強さと柔らかさ、そして相撲の内容、双羽黒に似てますし、これから益々似てくるかもしれません。上位との対戦で、どうなるか・・・。

                                                そして新大関の琴奨菊、ここまで3連勝ですが・・・。豊真将戦は、押し合いで一瞬左足が大きく流れて、「危ない」と思いました。先場所に比べて、体の張りは今一つと見てます。前述の3力士との取組に注目。

                                                十両の旭秀鵬と勢、幕下の竜電と、楽しみな力士が多いですね。

                                                九州場所は、見どころの多い場所となっております。


                                                にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。


                                                 

                                                もう1度だけ、隆の里の記憶〜遠い日の11月、、福岡にて

                                                0
                                                  海岸沿いに建っていた、ちっぽけな合宿所。
                                                  海から吹きつける11月の風は、今よりずっと寒かった気がする・・・。

                                                  昭和54年から57年迄、毎年11月になると私は大学の体育クラブの合宿で、そこにいました。

                                                  今では埋立地となり、合宿所も海も砂浜も消えました。はるか東側には、ソフトバンクホークスの本拠地ドームが見えます。

                                                  昭和54年といえば、福岡から球団が消えた、西武ライオンズ誕生の年。早いものです・・・。

                                                  早朝ランニングのために合宿所を出ると隣に、九州場所の二子山部屋の宿舎がありました。

                                                  さすがに練習で疲れた体、稽古を横目で見ることも無くスルーして体育館まで。合宿の一日の始まりです。

                                                  4年間、11月に合宿していた時代というのは、隆の里が関脇から幕内下位まで下がり、そして病を克服して大関に昇進、初優勝をする4年間でした。

                                                  結局、生で二子山部屋の稽古を見ることはありませんでしたが、同じ頃テレビで見る機会がありました。

                                                  それは凄まじいものでした。隆の里が、自分よりも大きい若手力士に稽古をつけている場面でした。

                                                  隆の里のビンタの音は、本当に半端無かったですね。その度に倒れこんでいた若手力士は、立ち上がります。倒れると、再度のド迫力のビンタ。

                                                  ほとんど泣き顔で、立ち上がれなくなった若手の顔に隆の里は罵声を浴びせながら、土俵の砂をその顔にすり付けました。

                                                  あの画像は忘れられません。別に「感動した」なんてことは言いません。覚えているだけです。

                                                  しかし当時、2回りも3回りも大きい他の部員(大袈裟で無く)と一緒にキツイ練習をしていた自分に、何かを感じさせてくれました。

                                                  顔に砂をすり付けたって書くと、変な風に取る人は・・・このブログを読んでる人には、もちろんいないはず。

                                                  遠い記憶です。


                                                  にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                                   

                                                  鳴戸親方(横綱隆の里)の訃報に想う

                                                  0
                                                    このブログは、昭和40年代の大相撲について書き始めましたので、50年代に入っての記事が少なく、隆の里に関しても、ほとんど書いていませんでした。

                                                    あの堂々とした、これぞ横綱という体躯で、真っ向から相手を吊り上げる相撲は、今も目に焼きついています。59歳という若さ。ご冥福をお祈りします。

                                                    大相撲を見始めた頃、歴代の横綱の多くは、60歳の還暦を迎えることが少ないことを知りました。

                                                    当時、理事長を勤めていた双葉山が50代で亡くなってから、羽黒山・東富士・照国・千代の山・吉葉山と、60歳を迎えることの無い訃報が続きました。

                                                    平成に入ってからは、柏戸が58歳で亡くなりましたが、医学の進歩もあってか、歴代横綱が長命になってきていました。

                                                    柏戸は現役当時から糖尿病を患っていましたが、同じ病を持っていた隆の里は、病を克服して最高位を極めただけに、残念です。

                                                    過度のストレスがあった、ということですが。

                                                    このブログでも書いておりますが、近年の大相撲の大きな変化は、力士の重量化・取組時間の短縮化、そして相撲部屋の増加です。

                                                    昭和40年代の、相撲部屋の部屋付き親方の人数を現在と比較すると、これで良いのかと思います。

                                                    他のプロスポーツの監督・コーチと比較しても、大相撲の部屋持ち親方は、その責務が重過ぎるのではないかと感じます。

                                                    また部屋によっては、部屋付き親方が多数在籍して、バランスの悪さもあります。協会主導で何とか出来ないものでしょうか?コーチ役がいなかったり、多過ぎたりというのは、力士の技量向上に大きく影響するものです。

                                                    これからの大相撲協会にとって、鳴戸親方への期待は大きいものでした。打倒千代の富士・病の克服・弟子の育成、どれも熱心な研究の成果であり、それを可能にした聡明さと根気があったからです。

                                                    その早過ぎる死を、無駄にしたくはありません。


                                                    にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキングに参加
                                                    しています。

                                                     

                                                    空前絶後のスピード相撲 “今牛若”の定年退職

                                                    0
                                                      大相撲秋場所が終わりました。多くの大相撲ファンの記憶に、長く残る場所になったと思います。

                                                      先日は、白鵬の敗戦の要因に関する記事を書きましたが、日馬富士戦は右から日馬富士の体を起こし、左上手を素早く引くという、私の記事で懸念した部分を完全に払拭する相撲内容でした。

                                                      やはり白鵬の連敗は、白鵬にあのような相撲を取らせた琴奨菊・稀勢の里が素晴らしかったということです。

                                                      さて場所も終わり、活躍した力士の記事を書くべきところですが、今日は場所後に定年退職した伊勢ノ海親方、元関脇藤ノ川について。

                                                      記者会見での穏やかな表情を見ていて、本当に時の流れを感じました。藤ノ川は、それはそれは恐い顔をした気迫溢れる力士で、そして“今牛若”と呼ばれ、一世を風靡した力士でした。

                                                      178センチ・108キロ、ペッタンコのお腹に広い肩幅。バリバリの筋肉質。土俵狭しと飛び回る相撲は、後にも先にも匹敵する力士はいません。軽量ということで舞の海と比較しようにも「動きのスピードが違い過ぎる」と書くしかありません。

                                                      凄まじいばかりの立合いの当たりと突き押し、“今牛若”と呼ばれる所以の飛距離のあるイナシ、シバキ倒すような叩き込み。廻しを引けば足技。

                                                      両者とも鬼気迫る形相で、まさに大死闘となった“ザンバラ髪の大熱戦” 最近の力士の引き技と、藤ノ川の相撲との違いを主旨とした“突き落としと藤ノ川”といった過去記事も書いています。

                                                      また大巨漢、高見山を二枚蹴りで放り投げた(まさに放り投げました)相撲など、当時流行ったテレビ番組「柔道一直線」に出てくる「空気投げ」のリアル版という感じでした。

                                                      こんな力士が、もう一度現われたらと、どうしても思ってしまいます。

                                                      今日9月26日が、元関脇藤ノ川の65回目の誕生日です。

                                                      お疲れ様でした。


                                                      にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                                      ポチッとお願いします。


                                                      大相撲秋場所番付発表で、いよいよですね

                                                      0
                                                        大相撲秋場所も番付が発表され、いよいよという感じですね。
                                                        日馬富士の綱獲りと、琴奨菊と鶴竜の大関獲りが、もちろん
                                                        焦点となります。

                                                        このブログでも、何度か横綱・大関の昇進基準について書いて
                                                        おりますが、今の昇進基準が厳しいという風な内容に受取られる
                                                        ような文面になっているのではと思い、少し補足します。

                                                        とにかく「連続優勝」や「3場所33勝以上」を、マスコミ媒体で
                                                        見聞きすると、「大相撲の昇進は、そんな結果だけの杓子定規な
                                                        ものじゃないんだよ」と言いたくなるだけなのです。

                                                        大関昇進基準に関して、3場所33勝は厳しいというのではなく、
                                                        6場所ぐらいの実績と、それぐらいの安定感及び、その安定感を
                                                        持続できる相撲内容と稽古量、その稽古を持続する人間性・・・。

                                                        だから逆に3場所ずば抜けた成績でも、ダメな力士はダメ、
                                                        ということもあるかもしれません。

                                                        さて横綱に関しては、平成2年の旭富士横綱昇進以来、連続優勝
                                                        での横綱昇進が続いていますので、秋場所も「優勝すれば横綱と
                                                        なる日馬富士」みたいな感じですね。

                                                        大関昇進以上に「品格」が求められる横綱昇進は、さらに結果だけ
                                                        ではないものも求められるはずです。

                                                        まぁしかし結果として連続優勝ですが、旭富士の横綱昇進の4年後、
                                                        貴乃花が14勝で優勝・11勝4敗・15戦全勝で横綱昇進を見送られ
                                                        た時は、かなり衝撃的でした。

                                                        あの自分及び身内に厳しい初代貴ノ花の二子山親方でさえ、昇進と
                                                        思っていたほどです。それでも11勝4敗の場所は、優勝した武蔵丸
                                                        の15戦全勝に4差も付けられ、ライバル曙は全休していました。

                                                        それでも協会は、横審に諮問しました。見送ったのは横審です。

                                                        記憶に新しいところでは、平成16年の魁皇。13勝2敗で優勝した
                                                        翌場所、12勝3敗で準優勝でしたが、審判部は翌場所につながると
                                                        明言しました。

                                                        あくまでも横綱昇進基準は「2場所連続で優勝もしくは優勝に準じた
                                                        成績」です。久々に連続優勝じゃない横綱昇進というのも見てみたい、
                                                        そんな秋場所が始まります。


                                                        にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                                        ポチッとお願いします。
                                                         

                                                        大相撲技量審査場所、13勝2敗が良い、そして張出を

                                                        0
                                                          大相撲技量審査場所が終りました。
                                                          鶴竜・豪栄道・栃ノ心・土佐豊といった、私の好きな力士たちの
                                                          活躍で、内容的には久々に満足のいく場所でした。

                                                          白鵬の7連覇も見事でしたが、13勝2敗という成績にも納得です。
                                                          あの大鵬でさえ、全盛期でも取りこぼしはあったもので 「だから
                                                          相撲は難しい」 ということです。

                                                          朝青龍時代から、横綱に対しての思い切った仕掛けが減ったと
                                                          感じていましたが、今場所の魁皇・日馬富士の勝ち方も良かった
                                                          ですね。良い相撲でした。

                                                          さて想いは名古屋場所ですが、最近三役に張出を作らないという
                                                          慣習が出来ているようです。個人的には張出関脇がいると、新しい
                                                          時代が来るようなワクワク感があって、楽しみがありましたね。

                                                          例えば、輪島・貴ノ花・三重ノ海たちがほぼ同時に三役へ駆け上がった
                                                          時代。大横綱(になったはずの)玉の海の急逝のあとの空虚感のあった
                                                          土俵を、若き関脇の頑張りが盛り上げました。

                                                          確かあのとき張出関脇の常連だったのは、後の大関魁傑でした。
                                                          そうです、放駒理事長です。関脇が4人いると土俵に活気が出るのを、
                                                          憶えていると思うのですが・・・。どうでしょう。


                                                          にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。ポチッ
                                                          お願いします。

                                                          大相撲技量審査場所の5月になりました

                                                          0
                                                            5月になりました。大相撲技量審査場所が始まります。
                                                            大量の解雇力士が出たこと、また3月場所も開催されていない
                                                            ことなどから、7月場所の番付編成のためという意味合いから
                                                            技量審査場所という名称がふさわしいのでしょう。

                                                            技量審査という言葉の響きで、つい思ってしまうこと・・・。

                                                            例えば、引退間際の横綱貴乃花に朝青龍が歯が立たず、その
                                                            翌場所から連覇し朝青龍時代が始まったこと。

                                                            貴乃花・曙・武蔵丸と同時代を過ごした大関魁皇が、今でも大関
                                                            を張って、ガッチリと組まれると若手力士は勝てない。というより、
                                                            魁皇のような本格的な四つ相撲をとる若手はいないこと。

                                                            淡白な相撲内容や立合いの変化でバッタリ落ちる力士・・・。
                                                            そして八百長問題・・・。

                                                            実際のところ、今の力士の技量はどうなっているの?という意味
                                                            で本当に技量審査場所と呼ぶべきでしょうね。力士の体は、ドンドン
                                                            大きくなっていますけど。

                                                            テレビ中継は無いようですね。技量審査は、全国の大相撲ファンで
                                                            するべきだと思うのですが。何故しないのかなあ・・・。

                                                            にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。
                                                            ポチッとお願いします。

                                                            朝青龍の居ない春場所&貴乃花理事当選30年の因縁

                                                            0
                                                              朝青龍が居ない本場所、大相撲春場所が来週から始まります。
                                                              まだ、何かリアリティを感じられない心持ちです。

                                                              あれだけの存在感と影響力のあった横綱でしたので、
                                                              春場所は、以前よりも突然元気に見える力士と、少し
                                                              元気の無いように見える力士もいると思います。

                                                              土俵の風景が変わる予感ですね。

                                                              朝青龍の件に関しては、取り巻きが悪かったという部分も
                                                              あると感じますが、この点は貴乃花親方の改革にも通じる
                                                              ところがありそうです。

                                                              余談ですが、貴乃花親方の理事立候補に厳しい態度を取った
                                                              武蔵川理事長、そして落選した大島親方。

                                                              かつて「タカちゃん」「ゴロちゃん」「ピラちゃん」と呼び合い
                                                              大親友だった貴ノ花・三重ノ海・旭国。30年以上の時を経て、
                                                              因縁めいたものを感じます。


                                                              にほんブログ村 相撲・大相撲⇔ランキング参加しています。ポチッ
                                                              お願いします。








                                                              | 1/6PAGES | >>